ワンダーフォーゲル、水の中

愚鈍にして凡庸な阿呆の浅薄にして冗長な駄文

予言


東京オリンピックの直前は明るいバンドが流行る
東京オリンピックの最中はバンド自体流行らない
東京オリンピックが終わると落ち着いた音楽や暗くて内省的な歌詞を得意とするバンドが流行る


GREEmixiやモバゲーが終わったようにTwitterはあと1、2年で終わる



YouTubeに負けたテレビは終わる
まとめサイトに負けた新聞が終わる



VRに負けたYouTubeが終わる





何年か前はTwitterが終わるなんて考えられなかったけど、最近の無駄な仕様変更はかえってユーザーを離れさせている


中学生の頃はGREEに人が溢れかえっていてTwitterなんてまるで流行っていなかった


でもガラケーの終わりとスマホの普及は誰にも想像出来ないくらいにあっという間で、今また同じようなことが起こっている



コンテンツは終わる




いつか終わる




女子高生にウケてブレイクした芸人だって、その女子高生たちがただの女性になる頃には見かけなくなる





僕はGREEよりもずっと自由であるはずのTwitterに不自由を感じている




GREEのコミュニティ毎に区分けされた人間関係やmixiの現実の人間関係を拡大したような人との繋がりから解放されて、僕らはアイドルやバンドマンと会話が出来るようになった





しかしながら、相も変わらずTwitterでは毎日のように気軽な一言が炎上しているし、不意に支離滅裂な文脈の人間から刺されることだってある。



Twitterが普及すればするほどにTwitterはつまらなくなっていって、ネタクラスタのツイートはパクられ続け、いつの間にかオリジナルは居なくなっていく。




もう、今も尚、ネタツイートをコンスタントに続けてる人たちってあの全盛期の頃の人の模倣か、全盛期の頃の自分の模倣をしてるだけじゃないですか?




伸びてるツイートのほとんどが猫と子供で、それすらパクられて広告料の餌になっていってて。




終わりは近いのかなあと思います。





顔を知ってる人ばかりにフォローされているリア垢は不平不満を吐けば不愉快と思われ、趣味に関して語れば目障り、楽しかったことを報告すればインスタでやれ。





もちろん、こんなこと面と向かって言われるわけないけれど、結局こういうことを気にして何も出来なくなっている人がほとんどなのではないですか?





かといって、InstagramFacebookは日常の中の特に良いように作られた部分だけを切り取って見せびらかして。



そっちはそっちで不自由な文化だと思います。





僕みたいな中学歴、中流層の少し偏屈な大学生からしたらそんな所に足を踏み入れたくはなくて。




Twitterは自虐の文化、Facebookは自慢の文化などと言われたこともあったけど、今はどちらの文化も行き過ぎです。不自由です。





InstagramもそんなTwitterFacebookから逃れた人たちが集まったものの、結局人が集まれば窮屈になってしまった。これもGREEmixiの衰退と同じ。





Twitterの自虐文化が行き過ぎていくと同時に、いわゆる 自撮り界隈 の素人の女の子たちは多くが不愉快なブサイクの嫉妬による誹謗中傷を避けてInstagramへと消えました。



しかし、いつの間にやらInstagramは段々と嘘偽りの自分を演出する場になっていき。



それは元々嘘偽りを発表していた彼女たちが作ったものではあったものの、かえってそれが悪い方向へと働いたんでしょうね。



自撮りやお洒落なカフェ、食べ物。
そんなウソの自分を作る人々が集まったときに、結局勝つのは素人ではないモデルの自撮りだったり、金持ちの食事だったり。



敗者が現れるんですよね。人が集まると。




彼氏との思わせぶりな写真だって結局女性どうしのマウントの取り合いじゃないですか。




まだその兆候はほとんどないとはいえ、そのSNS内の文化の傾向上、Instagramの荒廃も近いだろうなと踏んでいます。




不自由。





TwitterFacebookInstagramも。








実は新しいSNSを作ることも考えました。
Twitterに疲れた人々は訳の分からないことに怒っている精神病の患者や自分の会社や大学に落ちた挫折者や自分には理解出来ないような主義主張の極右・極左の人々、あるいは気になる女の子や彼女の親族、バイト先の人の目から逃げたいと思うのは当然で。





好きなコンテンツの話をそのコンテンツを好きな人同士でやり取りしたい。
それだけでいい気がする。



ファンがアンチに絡まれ、そのコンテンツそのものの芸能人や製作者にアンチが絡んでいく今のTwitterは地獄です。



バンドマンもはじめはライブや新曲の情報を拡散してもらえるメリットに飛びついたけれど、ファンとの距離が近いのは良くも悪くも毒であり、アンチとの距離が近いのは猛毒でしかない。






イケイケな曲の中にバラードを一つだけ入れて、そのアルバムが売れたバンド。



本人にあのバラードが良かったと散々届いて似たような曲しか作れなくなって。



バラードばかりに方向転換したバンドからは、フェスでしかライブに行かない人々は離れていくし、バンドはいつの間にか終わっている。




割とそのようなケースはパターン化出来るほどに見受けられました。




結局のところ、そういう製作者の立場の人間が下手にファンを意識すると終わっちゃうんですよね。




例えば、ファンレターを送ったりするのは女性が多いですよね。男はめったにそういうことをしない。で、少年漫画がどんどん腐女子向けのコンテンツになって雑誌そのものから読者が離れていく。






少し話が逸れたけど、今のTwitterはダメです。
何もかも近い。距離感を間違った人間が1人いるだけでめちゃくちゃになるんですから。





だからこそ一昔前のGREEのコミュニティ機能的なSNSは流行るだろうなと思いましたが、先にマストドンが出ちゃいましたね。




ああいう形のSNSはまるで想定外でしたけど。





でも、Twitterで特に迫害され続けてきた性的なコンテンツ、特に成人向けイラストのイラストレーターなんか一斉に大移動したし、もしかしたらアレがこれから流行るのかもしれない





マストドンもその性質上、荒らしにめちゃくちゃ弱いのでどうかな、という印象。







あーやんなっちゃいますね
コンテンツに面白い人が群がって、面白い人が集まってるからたくさんの人が集まって。


その中から最初にいた面白い人たちの模倣が始まって原住民が消えていく。





もうこれ見たくないんだけどな。死ぬまで見るんだろうな。

モーモールルギャバンの新曲『ガラスの三十代』


良すぎてびっくりした。


MVもいいけど、曲が本当に良かった。
絶対ライブいく。



tricotのMeronSodaも良かった。




岡崎体育のMVも面白かったけど、こっちのMVだって再生数伸びていいはず。

Dolly Kissは色分けが必要だったのか?

今日はDolly Kiss(以下ドリキス)について。


このブログで幾度となく触れられてる楠みゆうの新ユニットですね。なんと今日でデビュー一ヶ月。




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楠みゆうが紫担当で。
はんじつ!から引き続きグループが同じ小鳥遊もかが黄色担当。佐倉ましろがピンク担当。黒木ひかりはTwitterのbioに書いてなくてよくわからん。


これの話。




色分けが今のところあんまり機能してないんですね。


まだデビューして一ヶ月で、今回はメンバーの楠みゆう自身がプロデューサーもしているということで、コストがかかる衣装はそんなに何種類も必要ないということなんでしょうが、





そもそもドリキス、色分けする必要あったかな?と





この色分けについてはドリキス結成前からこのブログで触れようと思ってたんですよ。


最近の地下アイドルには色分けが蔓延っていて、
楠みゆうの前のユニット、反則実行委員会も色分けはあったはず(みゆうがピンクでろあがオレンジだったかな?)




色分けアイドルといえばももクロですね。
ももクロのピンクといえば痩せて可愛くなった!だし、よく知らない人からしたら名前は出てこない。緑の子も実は大学に通っていてトップクラスの成績で卒業した!とわかったけど、素人にはイマイチ名前が浸透していない。

ももクロって言われたら何となく顔は出てくるんだけど。


詳しくない人から見るとそんなもん。



つまり、色分けすることでキャラが立ちます。
要はレンジャーモノと同じ。赤だったらセンター感がでるし、ピンクだと紅一点感が出ますね。黄色は元気。青は美人。緑はブス。




これを上手く使ってるのが神宿。神宿は以前の記事で触れたとおり、顔立ちがバラバラでみんなかわいい。そして何よりも色分けと顔立ちが合っている。


プロデューサー的な位置の人はきちんと意識してプロデュースしているってわかる。


オーディションに来た子を可愛い順に5人選ぶのとそういったキャラ付け、顔立ちの違いなどを意識して5人選ぶのでは違うのは分かると思う。




例えば何人かをかわいい順に選ぶとプロデューサーの好みの顔の子が何人か並ぶだけなんですよ。まねきケチャみたいに。






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ね?似すぎ。
かわいいかもしれないけれど、それぞれが引き立て合う要素に欠けている。


これじゃグループの人気はそのオーディションをした人間と女性の好みが被ってないとかわいい、応援しようって思えない。



それに対して色分けアイドルの覇者、ももクロはというと。




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さっき触れた神宿は



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ね?全然違いますよね?
別に恣意があるわけではなく、Google検索で上にあったやつ今適当にとってきました。


コレだったら、全員が好みだ!って男はいないだろうけど、「この中だったらピンク!」「えーピンクはねえわ青を彼女にしたい」「緑が好きなの?B専かよ〜〜〜」みたいな話ができる。


1人でもかわいいと思えたら話題に出るんですよね。で、友人や兄弟に話したとして、その1人がタイプである人に話さなくても話題として広がるわけ。




色分けアイドルだと他にもバンもんとか地方も考えるならそれはそれは有象無象に色々といるんですけど、



最近話題になったといえば、やはり、

ぜんぶ君のせいだ。





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※画像間違ってたので差し替えました(5/31)



1人顔なげえ。
一番人気のましろちゃんも現実味のない自撮り以外ではそこまで可愛くなくて(可愛くないというか自撮りが可愛すぎる)、ましろちゃん以外の前からのメンバー2人も普通。クラスに6人はいる。ファンと関わり持って辞めた2人はもっとブス。新メンバー2人はめっちゃ可愛いとかいうアイドル。


地下アイドルらしいっちゃあ、らしい。いやー新メンバーかわいい。

彼女らは、色分けアイドルの制約の中で、赤青黄色ピンク緑とかを辞めてるんですよね。
白て。髪めっちゃ痛むやろ。



で、ドリキスに話を戻して。




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やっぱり、デビューして一ヶ月しか経ってなくて地方民の僕らは彼女達についてのイメージはデビュー時に公開したこの衣装しかないわけです。

ライブのときの写真もこの衣装ぽいやつ(多分これ)の画像しか見たことない。





一応、微妙な差分はあるけど、脳裏に思い返すときのこの衣装のイメージはあくまでも赤なんですよね…...




僕らが彼女達に持つイメージといえばこれ。赤。フリフリ。




ドリキスは元々お人形のようにかわいい正統派アイドル、的な謳い文句だったわけで。




顔の系統、髪型も今のところきちんと区別がつく。(カラコンでかくしすぎて量産型お人形になったら終わりですけど)



メンバーも4人しかいないし、それなりにある程度はキャラ付け出来てるんですよね。色分けせずとも。




ドリキスのお人形というモチーフコンセプト自体は確実に成功していて、地下アイドルにいがちなとりわけブスな子という立ち位置の子を排除していて彼女らがいるわけです。


センター的ポジションの楠みゆう
ショートではんじつ!の後期メンバーの小鳥遊もか
垂れ目で2人よりもよりお人形系統、最年長の佐倉ましろ
美人系な顔立ちでロングの黒木ひかり



今更色分けに固執しなくとも...という感じなんですよね
その上、楠みゆうのフォロワー・ファン的には彼女はピンクなんですよ。


これ、結構重要で、スイパスのときもはんじつ!のときも彼女はピンク担当だったんですよね。そのピンクを他メンバーに譲ってまで...?という疑問がある。だって紫のイメージ全くないじゃん。エロそうではあるけど。



でも佐倉ましろはピンク顔なんですよね。それは確かにめちゃくちゃわかる。






だからこそ、ドリキスは色分けアイドルの中にあえて入っていく必要はあったのかなーと。




でんぱ組.inc や 先述した神宿などが群雄割拠し、その下層にいる有象無象の地方アイドルがひしめく戦国時代の色分け地下アイドル界の中に自分から入っていく必要はなかったのではないかなあ






僕はそう思いました。





ももクロ天下の色分けアイドル界で今から勝てるかっていうとなかなか難しいですからね。




しかも色で差分のある衣装を作っちゃうとお人形感薄れるんですよね

その2要素は共存出来ないわけではないだろうけれど。










だからこそLADYBABYとかみたいに色分けなんか意識しないブロデュースって大事だな、と。

彼女と5ヶ月でした。

春休みが終わりました。6時間後には講義を受けています

最近推しているアイドル


神宿の小山ひな
神宿はみんなめちゃくちゃ可愛いですよね
あそこまで顔の系統が被らないように可愛い子を集まってるアイドルグループ他にないと思います。


神宿と同じぐらいの顔面偏差値あるのユニットのLADYBABYぐらいじゃないかな 僕の好みの問題もあるけど。


地下アイドルみんな自撮りうまいけど、神宿の子達は動いてても可愛いですね。

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あとはピンクベイビーズの大森莉緒と荒川紗穂
PartyRocketsGT パティロケの新谷姫加ちゃん


ひめかちゃんはねえ〜良いですね
もう表舞台には出てこれないかと思っていました。本当に可愛いし愛おしいですよね。
可愛いだけじゃなくて顔の個性が強い。絶対に売れる要素は揃ってる
あとは地道に知名度を上げていって売れるそのときを待つだけだ絶対に売れて欲しい...



黒宮れいなんかが表舞台に出てくれているので、そういう子は売れていい。売れるべき。可愛けりゃ勝ちだ。

ポストフジファブリック。 その2

今の20代の新人バンドの中のほとんどは、その多くがアジカンBUMP OF CHICKENRADWIMPSくるり東京事変(椎名林檎)、フジファブリック、9mm、andymoriゆらゆら帝国ELLEGARDENPOLYSICSなんかの影響を多かれ少なかれ受けている。



その一つ上の世代のNumber Girlに影響を受けたとわかるバンドも多い。


BEAT CRUSADERSや、その下の世代のFACTやベガス、ワンオクなんかもそういう“影響を与えた”バンドに含まれるんだろうし、最近盛り上がりつつあるメロコア・パンク界隈であれば locofrankロードオブメジャージャパハリネットなんかも現在の邦楽に影響を与えているのかもしれない。

 

 70〜90年代の洋楽だけに影響を受けたという新人バンドマンもいるのかもしれないが、そんなメンバーだけで構成された若者バンドなど本当に稀だ。

 
 

フジファブリックアジカンバンプ、ラッドに次いで今のバンドマンに大きな大きな影響を与えたと言っていい。

 

これは実際にオリジナルのバンドを組んで活動している僕が言うんだから間違いない。

 

 

志村の音楽は現在のバンドマンたちに対して本当に大きな影響を与えたのだ。

 

 

実際にフジファブリックに大きく影響を受けたと断言してポストフジファブリックを狙っている(ように見える)バンドは多い。

 

 

 

例えば、パスピエやフレデリックは作曲者がフジファブリックを意識したと断言しているし、実際にオマージュだとわかるリフが多くある。

 

 

パスピエのトキノワなんてBメロはフジファブリックの『記念写真』が明らかに意識されてるし、サビのアレンジは『星降る夜になったら』に近いものがある。

 

 

 

 

強烈なリフを繰り返して中毒性を持たせているのもフジファブリックの十八番だ。

 

もちろん、リフを繰り返しまくること自体はフジファブリックが第一人者なわけでもないが、明らかにこの曲はリフやサビのメロディが頭にこびり付くように作ってあって、そういった中毒性を持たせるという意味合いでは明確にフジファブリックが意識されているといえる。

 

 

 

もちろんパスピエフジファブリックだけでなく相対性理論なんかの潮流は組んでいると思うし、それらをきちんと消化してアウトプットしているので聴いていて心地いい。

 

 

 

個人的にも、ポストフジファブリックを挙げるならばパスピエが第一だろうか。

 

CDのセールスやフェスやライブの動員的にもポストフジファブリックと呼ばれそうなバンドの中では最も強いと言える。

 

ブレイク自体は落ち着いてきているので、バンドとして残るにはこれからが少し踏ん張り所と言ったところか。

 

 

 

第2にポストフジファブを挙げるとすれば先述したフレデリックだろう。

彼らといえばこの曲。

 
 

 
 

この曲、聞けば分かる通り、中毒性が半端ではない。

 

 

繰り返され続けるギターのリフ。怪しく鳴らされるキーボード。心地よく蠢くベース。煮え切らないような間奏から爆発する大サビ。こぶしの聞いた歌い回し。

 

 

 

そしてMVで無表情で踊る美少女。

 

 

完全にフジファブリックの銀河だ。

 

 

 

 

 

もちろん銀河だけではなく、随所に『東京炎上』『パッションフルーツ』なんかを意識してあるような要素が見受けられる。

 

 

この曲が発表された2014年は丁度、KANA-BOONやグドモみたいなバンドに見られるように爆発的に裏打ちが流行っていて、この曲は裏打ちがわかりやすく的確に使われている。

 

 

この曲はバズりまくり(マジで一年近くYouTubeのオススメ動画に表示されていた)、彼らを一気にスターダムへと連れていった。

 

 

それだけでなく、歌詞から意味を排除し、サビ前のBメロすら排除してギターのリフとサビのメロディだけが頭にこびり付くように計算ずくで作られている。

 

 

こんな曲、バズるのも当然というレベルでよく出来ている。後ろで弾いてるベースめっちゃカッコイイ。

 

 

純粋なフジファブリックの流れを汲むバンドとしては間違いなくフレデリックだろう。

 

この曲以降に出したオワラセナイト、オンリーワンダー等も似たような具合の、あまり歌詞に意味を持たせないような言葉遊びと中毒性だけにフォーカスしたようなダンスナンバーを徹底して行っている。

 

 

そういう意味ではフジファブリックよりも音楽性が狭いが、そういった音楽を深くやっているような印象。

 
 

バズった規模の割には幅広い層にウケるわけではないだろうなという感じもする。

ともすれば同じような曲ばかりやっているともとられずこれから少し苦しいかもしれない。

 

しかしまだまだ若手の中の若手なのでこれからどんな曲を出すか期待はある。

 



さよなら、また今度ね というバンド。かわいい。
もう解散してしまっているが、彼らもフジファブリックの影響を受けているのだろう。
 

 

この曲を初めて聞いた時、本当に衝撃的だった。この怒涛の展開はandymoriなんかの影響もあったのかな?

 

 

僕がたまらなく好きなのはこの2曲。

 

 

 

 

 

歌詞がすこぶる良い。


ボーカルの菅原はめ組というバンドを組んでいる。ギターの菊池はデビーヘムロックというバンドを組んでいて、どっちかといえば後者の方がフジファブリックっぽさを感じる。売れてほしい。

 

ほかにもモルグモルマルモなんかも明らかにポストフジファブリックを狙ってるだろう。これまたかわいいバンド。

 

 

 

 

マカロニえんぴつ というバンドも鍵盤ロックという点では近いものがある。
フジファブリックよりも竹内電気 的なポップさがある。


 

しかしながらどのバンドも、ポストフジファブリックと呼ぶには何か違う。

 


志村が亡くなった直後にアルクアラウンドで一気に知名度を上げたサカナクションもはじめの頃はフジファブリック難民を取り込む中で、フジファブリックに近いなどと言われることもあったが、アルクアラウンドを含んだアルバム『kikUUiki』はもう彼らにとって5枚目のアルバムだったし、ポストフジファブリックではないと思う。


まあ確かにシンセポップとしては同じジャンルに括れるかもしれないし、志村の私小説的な歌詞がサカナクションの文学的な歌詞に通ずるものはあるかもしれない。へたうまなボーカルも共通している。
アルバムの隙のない構成なんかも通ずるものはある。




個人的に似てるとは思わないし、たぶんルーツも違うんじゃないかなあと思う。
むしろ都会的・未来的なサウンドのサカナクションとレトロチックなフジファブリックは対照的な存在だったかな、と。



恐らく志村も山口一郎もその時代に好まれるような音楽をアウトプットした結果、(聞く人によっては)近いものが出来上がったというだけだろう。

むしろ同じ時期に活動していたからこそ、相互作用的なことはあったのかもしれない。


しかしシンセが全面に押し出されたサカナクションとギターロックとしての一面が強いフジファブリックはやはり音楽的要素からしてもやや異なるのかな?



岡崎体育の鴨川等間隔も初期フジファブリックを思わせる名曲ですが、くるりエレカシなんかの匂いも感じられるし、何よりあの人は音楽性の振り幅が広すぎるので何とも言えませんね。




結局のところ、現在のフジファブリックがポストフジファブリックとして最前線にいるのかもしれない。

 



今の3人体制のフジファブリックは 志村がいた頃の郷愁的・内政的な歌詞、レトロチックなキーボードオルガン、不気味で変態的な要素こそ減ったものの、アグレッシブで中毒性の高い繰り返されるギター・キーボードリフはそのままに、山内総一郎の爽やかで伸びやかな歌声を新たな武器にして更に、確実にステップアップしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近のフジファブリック

志村を失い完全に総くんだけが歌っている『STAR』『VOYAGER』以降、フジファブリックを離れたというリスナーも少なくないが、正直にいって今のフジファブリックは以前のフジファブリックに負けるとも劣らない圧倒的なクオリティの曲を出している。(完成度にムラはあるが)

 

こういう言い方は好きではないが、志村の頃のフジファブリックを聞いていて現在のフジファブリックから離れたリスナーは損している。

 


フジファブリックを聴かなくなった人がもしこのブログを見かけて、この最後まで辿り着いたなら、是非ともいまのフジファブリックの曲に触れて欲しい。

 

 

 

そういう記事でした。
動画貼りすぎて重たいね。ごめんね。おしまい。

 

 

 


 

 


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ポストフジファブリック。 その1

 

 

フジファブリック

2000年代のバンド事情に詳しい人ならほとんどの人がわかる存在。

 

 

今回は彼らについての記事。

 

 

 

フジファブリック と検索して出てくるYouTubeの曲はだいたいそこそこの再生回数でそれなりに売れている中堅バンドといった立ち位置だろうか。

 

 

 


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でも彼らは志村をフロントマンとしているとき、めちゃくちゃ売れていたかというとそういうわけでもなく、彼が亡くなってからのライブを成功させた(『会いに』の初披露ライブ)頃から、知名度が爆発的にあがり、志村の曲が再評価され現在の知名度を得たような印象がある。

 

 

 

こういうバンド。

 

 

 

フジファブリックを知らない人向けに説明すると(このブログに辿り着く人にどれほどそのような人がいるかわからないが)こんなバンドである。

 

 

 

 

 

バンドの売りとしては叙情性の高い(時に変態的な)日本語歌詞と異常なまでの中毒性。

 

 

このわけのわからない中毒性はギターやキーボードで強烈なリフを奏でつつ、歌のメロディにコブシが効いていることに起因するものと思われるが正直よくわからない。

 

 

 

 

 

2017年現在に流行っているような、わかりやすく盛り上がれる曲というのは彼らにはそこまで多くはなくて、聞けば聞くほど取り込まれ取り憑かれていくようなスルメ曲が多い。

 

 

叙情性、中毒性以外の個性としては、サカナクション等と同じところに分類されるような下手うまのボーカル。

 

初期のライブ動画を見ればわかるが、本当に志村は音痴だった。ライブ後半まで喉が持たないことなんて良くあることだった。

 

 

しかし、曲の中毒性故、気づかぬうちに何度も下手くそで気だるげな志村の歌を繰り返し繰り返し聴いてしまう。

もしかするとこの力のない歌声も中毒性を作り上げる要素の一つかもしれない。 

 

 

それだけでなく、フジファブリックは音楽性が非常に広い。ジャンル付けしにくい。というのも特徴かもしれない。

 

『虹』や『Sugar!!』のような爽やかなポップナンバーもあれば

 

 

 

 

 

 

『赤黄色の金木犀』、『若者のすべて』、『茜色の夕日』のような哀愁や情緒が溢れる曲

 

 

 

 

 

 

 

 

『Surfer King』『モノノケハカランダ』のような一見するとよくわからない、でもギターのフレーズが頭から離れなくなるような歌なんかもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

音源は載せないけれど、他にも後述するようなダンスナンバーや終始怪しげな『マリアとアマゾネス』、明るくてシンプルな『ベースボールは終わらない』など、それはそれは本当に音楽性が広い。

 

終始、陰鬱な曲もあれば明るい曲もある。

ふざけた曲もお茶目な曲もあれば、バラードを聞かせにくることもある。

『Strawberry Shortcakes』なんかの訳の分からないような曲も是非とも聴いてもらいたい。

 

そして『追ってけ追ってけ』『赤黄色の金木犀』など、転調やテンポチェンジ、拍余りなど変拍子的な実験的要素も初期の曲には多く見られる。

 

 

これらのアプローチはいわゆる“残響系”のような変拍子・転拍子ではなく、もっと違和感をもって落とし込まれたような印象をうける。

 

『銀河』や『虹』のCメロも初見時はかなり違和感のあるメロディに聞こえる。

 

『陽炎』の曲の一番最初の締め付ける〜のるの音とか。

 

言い方を選ばないなら、少し気持ち悪いのだ。

 

 

赤黄色の金木犀のように美しく綺麗な曲を目指して作られるようなものでもなにか違和感のある気持ち悪い要素がある。

 

 

ゆらゆら帝国嘘つきバービーや八十八ヶ所巡礼、モーモールルギャバンなど変態的で中毒性があると呼ばれるバンドはこの気持ち悪い要素を“気持ち悪くもカッコイイ”、“気持ち悪くも癖になる”効果を狙ってあえてやっているが、フジファブリックのアレンジのそれは気持ち悪さを狙ってではない。

 

サイケデリックロックだとか、プログレだとか、あるいはFACTやベガスのようなツギハギにすることで中毒性を狙っているわけでもない。

 

 

結果的に違和感が漏れ出てこそいるが、美しいキーボードの音色、裏メロを奏でるベース、味のあるギターとそれらが絡まりあって生まれるレトロな雰囲気の中に巧妙に隠しこんで情緒のある曲、ともすればAメロ→Bメロ→サビのようなよくある普通の曲にも聞こえてしまう。

 

 

 

個人的にはこの最も説明しにくいこの要素、曲のもつ違和感というものが(特に初期の)フジファブリックを形作る要素の中でも特に重要なポイントであるように思われる。

 

 

 

 

 

これらのほとんどの曲の作詞作曲をしていたフロントマンの志村正彦は6thアルバムの制作中、2009年のクリスマスイブに突然の死を迎えてしまう。

 

 

現在、フジファブリックリードギターだった山内総一郎が志村に代わってボーカルとなったが、元々のフジファブリックとはほんの少し路線を変えたバンドとなっている。

 

 

いまのフジファブリックは志村の頃と同様にギターリフ、キーボードリフによる中毒性は健在だが、ドラムが手数が圧倒的に多く個性が強い刄田綴色からかなりシンプルなセッティングで勝負するBOBOに変わった。

 

歌詞においても、志村の歌に見られた言葉遊び的な歌詞に近いものは残すものの、叙情的な歌詞からわかりやすく明快な歌詞へと変化した。

 

そして何よりも、ボーカルが変わり、圧倒的に爽やかに、そして良くも悪くも歌が上手くなったことで、かなり別のバンドのような印象さえ受ける。

 

 

 

6番目のアルバム、『MUSIC』以降、ポストフジファブリックの座はいまだに空いたままである。

 

動画を貼りすぎて 記事が重くなたてしまったので、その2へ。