読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ワンダーフォーゲル、水の中

愚鈍にして凡庸な阿呆の浅薄にして冗長な駄文

ポストフジファブリック。 その1

音楽

 

 

フジファブリック

2000年代のバンド事情に詳しい人ならほとんどの人がわかる存在。

 

 

今回は彼らについての記事。

 

 

 

フジファブリック と検索して出てくるYouTubeの曲はだいたいそこそこの再生回数でそれなりに売れている中堅バンドといった立ち位置だろうか。

 

 

 


f:id:MokomokoDenryu:20170403221950j:image

 

 

でも彼らは志村をフロントマンとしているとき、めちゃくちゃ売れていたかというとそういうわけでもなく、彼が亡くなってからのライブを成功させた(『会いに』の初披露ライブ)頃から、知名度が爆発的にあがり、志村の曲が再評価され現在の知名度を得たような印象がある。

 

 

 

こういうバンド。

 

 

 

フジファブリックを知らない人向けに説明すると(このブログに辿り着く人にどれほどそのような人がいるかわからないが)こんなバンドである。

 

 

 

 

 

バンドの売りとしては叙情性の高い(時に変態的な)日本語歌詞と異常なまでの中毒性。

 

 

このわけのわからない中毒性はギターやキーボードで強烈なリフを奏でつつ、歌のメロディにコブシが効いていることに起因するものと思われるが正直よくわからない。

 

 

 

 

 

2017年現在に流行っているような、わかりやすく盛り上がれる曲というのは彼らにはそこまで多くはなくて、聞けば聞くほど取り込まれ取り憑かれていくようなスルメ曲が多い。

 

 

叙情性、中毒性以外の個性としては、サカナクション等と同じところに分類されるような下手うまのボーカル。

 

初期のライブ動画を見ればわかるが、本当に志村は音痴だった。ライブ後半まで喉が持たないことなんて良くあることだった。

 

 

しかし、曲の中毒性故、気づかぬうちに何度も下手くそで気だるげな志村の歌を繰り返し繰り返し聴いてしまう。

もしかするとこの力のない歌声も中毒性を作り上げる要素の一つかもしれない。 

 

 

それだけでなく、フジファブリックは音楽性が非常に広い。ジャンル付けしにくい。というのも特徴かもしれない。

 

『虹』や『Sugar!!』のような爽やかなポップナンバーもあれば

 

 

 

 

 

 

『赤黄色の金木犀』、『若者のすべて』、『茜色の夕日』のような哀愁や情緒が溢れる曲

 

 

 

 

 

 

 

 

『Surfer King』『モノノケハカランダ』のような一見するとよくわからない、でもギターのフレーズが頭から離れなくなるような歌なんかもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

音源は載せないけれど、他にも後述するようなダンスナンバーや終始怪しげな『マリアとアマゾネス』、明るくてシンプルな『ベースボールは終わらない』など、それはそれは本当に音楽性が広い。

 

終始、陰鬱な曲もあれば明るい曲もある。

ふざけた曲もお茶目な曲もあれば、バラードを聞かせにくることもある。

『Strawberry Shortcakes』なんかの訳の分からないような曲も是非とも聴いてもらいたい。

 

そして『追ってけ追ってけ』『赤黄色の金木犀』など、転調やテンポチェンジ、拍余りなど変拍子的な実験的要素も初期の曲には多く見られる。

 

 

これらのアプローチはいわゆる“残響系”のような変拍子・転拍子ではなく、もっと違和感をもって落とし込まれたような印象をうける。

 

『銀河』や『虹』のCメロも初見時はかなり違和感のあるメロディに聞こえる。

 

『陽炎』の曲の一番最初の締め付ける〜のるの音とか。

 

言い方を選ばないなら、少し気持ち悪いのだ。

 

 

赤黄色の金木犀のように美しく綺麗な曲を目指して作られるようなものでもなにか違和感のある気持ち悪い要素がある。

 

 

ゆらゆら帝国嘘つきバービーや八十八ヶ所巡礼、モーモールルギャバンなど変態的で中毒性があると呼ばれるバンドはこの気持ち悪い要素を“気持ち悪くもカッコイイ”、“気持ち悪くも癖になる”効果を狙ってあえてやっているが、フジファブリックのアレンジのそれは気持ち悪さを狙ってではない。

 

サイケデリックロックだとか、プログレだとか、あるいはFACTやベガスのようなツギハギにすることで中毒性を狙っているわけでもない。

 

 

結果的に違和感が漏れ出てこそいるが、美しいキーボードの音色、裏メロを奏でるベース、味のあるギターとそれらが絡まりあって生まれるレトロな雰囲気の中に巧妙に隠しこんで情緒のある曲、ともすればAメロ→Bメロ→サビのようなよくある普通の曲にも聞こえてしまう。

 

 

 

個人的にはこの最も説明しにくいこの要素、曲のもつ違和感というものが(特に初期の)フジファブリックを形作る要素の中でも特に重要なポイントであるように思われる。

 

 

 

 

 

これらのほとんどの曲の作詞作曲をしていたフロントマンの志村正彦は6thアルバムの制作中、2009年のクリスマスイブに突然の死を迎えてしまう。

 

 

現在、フジファブリックリードギターだった山内総一郎が志村に代わってボーカルとなったが、元々のフジファブリックとはほんの少し路線を変えたバンドとなっている。

 

 

いまのフジファブリックは志村の頃と同様にギターリフ、キーボードリフによる中毒性は健在だが、ドラムが手数が圧倒的に多く個性が強い刄田綴色からかなりシンプルなセッティングで勝負するBOBOに変わった。

 

歌詞においても、志村の歌に見られた言葉遊び的な歌詞に近いものは残すものの、叙情的な歌詞からわかりやすく明快な歌詞へと変化した。

 

そして何よりも、ボーカルが変わり、圧倒的に爽やかに、そして良くも悪くも歌が上手くなったことで、かなり別のバンドのような印象さえ受ける。

 

 

 

6番目のアルバム、『MUSIC』以降、ポストフジファブリックの座はいまだに空いたままである。

 

動画を貼りすぎて 記事が重くなたてしまったので、その2へ。